活気づく彫刻の町・井波町!100年後も続く
人と文化づくりを行う「ジソウラボ」の取組み

活気づく彫刻の町・井波町!100年後も続く人と文化づくりを行う「ジソウラボ」の取組み

富山県の南西部に位置する、井波町。人口約8000人の小さな町ですが、「日本一の木彫りのまち」として知られ、2018年には日本遺産にも指定されました。そんな井波町で、次世代の井波文化を生むための「人づくり」を目指し活動している団体が「ジソウラボ」です。町の外から地域の進化を生み出す人材を募集育成し、100年後も発展し続ける井波町を目指しています。ユニークで壮大な活動を行うジソウラボ、代表理事の島田さんにお話を伺いました。

島田優平(しまだゆうへい)

島田優平(しまだゆうへい)

一般社団法人ジソウラボ
代表理事。南砺市井波町に生まれ、都内の大学卒業後、奈良県吉野にて林業の世界に踏み出す。富山県にUターンをして、県庁での公務員としてのキャリアを積んだ後、2008年より井波にもどり家業の林業に携わる。現在は林業家として家業を引き継ぎつつ、井波町のまちづくりに取り組んでいる。趣味は旅行。町や人を観察し、自分流の楽しみを見つけることが得意。

彫刻文化のように、100年後も続く人と文化を目指して

2020年6月設立のジソウラボ。現在3年目となりますが、まずはどんな団体か教えてください。

島田優平さん(以下、島田):基本的に井波町で「人づくり」を行う団体で、行政でも民間企業でもない新しい立ち位置の団体です。100年後の新たな文化をつくる人、地域の進化を生み出す「源泉」となる人材を募集・育成し、井波自体が「人材輩出地域」となることを目指しています。

どんなきっかけや思いで設立されたのでしょうか?

島田:大きなきっかけとしては、2018年に井波町が日本遺産に指定されたことです。そこから井波町として「何を大事にしていかないといけないか」ということを議論し始めました。

井波町は彫刻が有名で、日本一の木彫りの町として知られていますが、それらを支えているのは「人」の技。一人一人の力が重要だというところに辿り着きました。そこからしばらくして2020年にコロナ禍に突入。世の中的にも井波の地域的にも閉鎖的な状態になり「何かできることはないか」という思いで同じ思いをもった仲間が集まり、ジソウラボを立ち上げて法人化した次第です。

最初は、どのような活動からスタートされたのでしょうか?

島田:最初の活動としては、飲食店のチラシを作成しました。井波町は人口8000人ほどの小さな町で、個人商店が非常に多い地域です。コロナで外出を控えることになり、厳しい経済状況のお店が増えたことからテイクアウトを呼びかけるチラシをつくって全戸に配布しました。

直接的な人づくりではありませんが、私たちは既存のお店や個人商店があるからこそ井波が味わい深い地域になっているという認識をもっています。だからまずは、今ある店や人をできる形でサポートしたいという気持ちが強かったですね。

結果的に、それまでテイクアウトを行っていなかった店が積極的に行ってくださったり、状況に合わせた商売をしてくださったりとみなさん時代に合わせて工夫してくださいました。微力ですがサポートに繋がったのではないかと思っています。

お店と地域住民、どちらにも喜ばれる素晴らしい取り組みですね。ジソウラボが一番の目的とする、「人づくり」という点ではどのような活動をされていますか?

島田:ジソウラボでは、事業という活躍できる場ができあがって、初めて人が育つと考えています。ただ人に集まってもらうのではなく、「事業を一緒にやりませんか?」と声掛けして、その事業の中で人を育てていきたい。つまり伴走という形で、事業を行う人を応援しながら井波町の文化にしていきたいんです。

この思いを集約したのが「三四郎プロジェクト(※)」です。具体的に行った例でお話しますと、井波町にパン屋さんをつくりました。全国から井波町でパン屋をしたい方を募集し、ジソウラボが面談や話をしてマッチング。井波でパン屋を開くことをサポート……というのを1例目として行いました。その後は、コーヒー屋さんやビール醸造など、現在までに6件ほど事業をしてもらう仕掛けをつくっています。

▲(※)三四郎プロジェクト……プロジェクト名の由来となった人物「三四郎」とは、井波が木彫刻の地となるきっかけをつくった人。瑞泉寺の再建のために京都から呼び寄せられた青年で、地域の人々に彫刻の技術を伝えました。現在も彫刻職人が200人弱存在しています。この三四郎青年をきっかけに、現在も井波に彫刻文化が息づいているように、三四郎プロジェクトも外部からの力と文化を取り入れ、サポートすることで次世代の井波文化へと継承していきたいとの想いが込められています。

 

「ジソウラボはライフワーク」本業があるからこそ見えるもの

本業は林業家の島田さん。林業と人づくりでは、一見共通点がないように感じられます。失礼ながら、なぜ林業に携わる島田さんが、人づくりを目的としたジソウラボの活動を行っているのでしょうか?

島田:一見関係がないように見えますが、自然は本来、人にとって身近な存在であり、林業は木材を利用して住宅や家具・日用品をつくることで森が健全に維持されてきたと言えます。どれも最終的に暮らしや地域に関わってきます。直接的な関わりはないけれど、生活に影響する。相互関係にあると。

もっと言うと、地域がなくなってしまえば森も山もなくなってしまいます。であれば、同時に地域も良くしていきたい。小さなところからでも行動を起こし、地域も山も持続発展させたいと思いました。

ジソウラボの他メンバーもエンジニアや石屋など、さまざまな職業を本業にもたれていますよね。みなさんにとってジソウラボは、仕事ではなく「ライフワーク」のような印象を受けました。

島田:まさに、ライフワークに近いものを感じていますね。私もメンバーも、「人として取り組むべきこと」だと思っているので。それぞれに本業があるからこそ、地域の課題や可能性など見えるものがあるという側面もあるのではないでしょうか。

行政でも会社でもなく、お金が最終目的ではありません。単純に地域で、町の人たちが楽しそうな姿を見ると嬉しいですね。パン屋さんに通ってくれているとか、ビール屋さんで美味しそうにビールを飲んでいるとか、そういう姿を目にすることが一番のやりがいです。

人のため、地域のため、社会のために活動する。なかなかできることではないと思うのですが、ジソウラボにおける、島田さんのモチベーションは何でしょうか?

島田:数十年後、自分たちが歳を重ねた時に楽しい井波町、住みたい地域、守っていかなければいけない地域であってほしいというのが大きいかもしれません。

若い次の世代へ、背中と言葉で明確に伝えていきたいと考えています。そこで積み上げてきた経験や反省点などを今の若い世代に伝えることができます。それは若者たちにとっても、私たち自身にとっても意味のあること。全世代にとって良いことだというのは大きなモチベーションになっています。

人や文化が循環する町を見据え、併走し続ける

2023年で3年目を迎えたジソウラボ。少しずつ町や人が変わってきたと感じることはありますか?

島田:当初の予想よりも早く町のみなさんが反応してくださっていると感じています。最初はジソウラボのメンバーだけでやっていたことが、周囲の人も一緒に動ける体制ができてきている。私たちが働きかけなくても町の中で自然とさまざまなアクションが起きています。

例えば、私たちが呼び込んだパン屋さんがきっかけで他のパン屋さんも「井波町で店をやりたい」と言って出店してくれるなど、なんとなく「井波町って面白そう」というアンテナを立て始めてくれている感がありますね。これは非常に嬉しい変化です。それに伴って、我々も素早くアクションし、行動しなければいけないと思っています。

島田さんやジソウラボのみなさんの思いが確実に町に広がっていますね。一方で、課題に感じてることや、やりたいことはありますか?

島田:直近で言うと、井波の食文化です。宿泊場所やお酒を楽しめる場所もあるのですが、美味しいものを食べられる場所はまだまだ少ないので、井波町の食の魅力を打ち出せるような仕掛けづくりには力を入れていきたいです。

あとは、ジソウラボから派生して、さまざまなラボをつくっている途中です。例えば、移動についての仕組みに取り組む「イドウラボ」や、空き家問題解決に取り組む「アキヤラボ」など。専門的なチームをつくることで次世代の担い手を育成しているのですが、高齢者や中高年の人たちが楽しく過ごせる場所、地域になっていくための取り組みを増やすことが直近の課題です。

本日は貴重なお話をありがとうございました!最後に、ジソウラボの今後の展望について教えてください。

島田:井波町には現在、約8000人の人が住んでいます。町から出る人も多いですが、将来的には4000人くらいは地元の人でもう半分の4000人は外から移住しに来てくれるような、人や文化の交流が循環し続ける地域になってほしいと考えています。

ある意味、カオスで良いと思っているんです。何事も決めつけずに、多様性がある町であってほしい。井波町が、それぞれの人が想いを実現できる受け皿のような場所になってくれたら。思い描くことをひとつでも実現できるような場所になってくれたら。そうあるためにジソウラボが存在し、サポートできたら良いなと思っています。

▼ジソウラボについてはこちら!

https://jisolabo.com/ 

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